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ボッホ窯の長〜い歴史

20150505


今日はベルギーのボッホ窯について少しご紹介したいと思います。

ボッホ窯は、1748年にフランソワ・ボッホ氏が創業。別業種から転身し

3人の息子たちの助けを借りて、製陶会社を起こしたことに始まります。

窯はロレーヌ公国、現在のフランス・ロレーヌ地方にありました。

このロレーヌを巡り、フランスとドイツに複雑な領土問題があった

ことで、ボッホ窯は大きく翻弄されていくことになります。

父フランソワ・ボッホの没後、三兄弟が工場を引き継ぐときには、ロレーヌ公国は

フランス領になり、諸事情から兄弟はルクセンブルグのセットフォンテーヌに

新たに工場を作ります。

それが1767年のこと。工場の名前は三兄弟の長男ジャン・フランソワの名前を

盛り込み、“Jean-François Boch et frères”となりました。

訳すと“ジャン・フランソワ・ボッホと兄弟たち”。

このとき、ディレクターを務めていた長男ジャン・フランソワと双子の弟

ドミニクは19歳、三男のピエール・ジョセフは若干17歳。ひゃ〜!お若い…。

工場は発展し、1782年には労働者は300人にまで増えました。

10年後、1792年には三男のピエール・ジョセフがオーナーとなり、

事業はさらにその息子ジャン・フランソワに引き継がれます。

どうやら創業者フランソワ・ボッホの孫に当たるジャン・フランソワ・ボッホは

経営者として非常なやり手だったよう。フランス革命による混乱が続くなか、巨大な窯を

取り付け、事業を大きく発展させます。日本でも有名なドイツの陶磁器メーカー

「ビレロイ&ボッホ」はジャン・フランソワが、1791年にアースンウェア工場を作っていた

ニコラ・ビレロイと協力、事業統合をして1836年に設立したものです。

ジャン・フランソワの息子ユージン・ボッホはニコラ・ビレロイの娘と結婚。

ユージン・ボッホ、その弟ビクター・ボッホ、そしてユージンの娘婿

ジャン・バプティスト・ノートンによって1844年、ベルギーのラ・ルヴィエールに

Boch frères”を作りました。(その少し前、1841年には既に“Boch frères kéramis

という工場が作られています。)ラ・ルヴィエール(La Louviére)という地名は

ボッホのバックスタンプにも入っているものがありますね。

この動きも1839年、ルクセンブルグの一部がベルギー領に、残りがオランダ国王の

統治下にと二分されたことに関係しているようです。そして、この工場は1893年には250人、

1936年には1350人もの労働者を抱える大きな窯となっていったのでした。

こうしてボッホ窯は歴史に翻弄され紆余曲折を繰り返しながら、現在の

ロイヤル・ボッホ(ROYAL BOCH)へと続いていきます。

上の写真や、先日ご紹介したデザートプレートはおそらく1920年〜30年頃のもので、

ボッホが大きな窯へと成長してゆく勢いのある時期に製造されたものです。

ボッホ窯の歴史はボッホファミリーの歴史そのもの。

分かっているだけでも、ロレーヌ公国からルクセンブルグ、さらにベルギーと

転々としながら一族で窯を守ってきたのですね。領土問題などで頻繁に国境が変わり、

移転や合併などを繰り返すことで多くの窯が生まれては消えていたヨーロッパ。

そんな歴史のなかで生まれ、今に残るボッホの素敵なアンティークたち。

これからも少しずつご紹介していけたらと思います。

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